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episode:04 ??

 ……コツ、コツ、と、靴の音が響いている。その足音に、パタパタと慌てたような足音が近付いていた。


「真尋様! 彼女は? 我々は、一体どうしたらいいのですか!?」


 黒の短髪が、真尋の血に塗れた手を気にもせずに握る。歩きながら、くるりと振り向いた真尋の紫の目が、穏やかに細められた。


「ああ、大丈夫だよ。あれなら暫く身動き取れないでしょ。今のうちに、神咲様と連絡取れないか試してみる」

「しかし、神咲様は今日」

「典礼。そのくらい知ってる、すぐに連絡がつく確証はない。だから今のうちに薬の調合をお願い、もっと強力なものを」

「そんな無茶な、……いえ。畏まりました。ああくそ、神咲様さえいてくだされば……」


 ブツブツと愚痴をこぼす彼の手を、真尋は「彼の所属は、本来もうここじゃない。仕方ないよ」とそっと撫でた。


「それに朽木さんがいるでしょ、技術に関しては神咲様と並ぶか、それ以上のはずだよ」


 真尋がそう諭すと、彼は小さく不満げに「……コミュニケーション能力に問題があるのですよ」と零した。


「それで、どの程度強力なものを?」

「完全体の天使にも効くものを」

「!? な、ッ、そんな、そんなの過去一度も……!!」


 真尋のその返答は、完全に予想外だったのだろう。それもそのはずで、完全体とされる天使は彼も、それに真尋だって見たことがない存在なのだ。あのミアでさえ、完全体とは言えないのだから。有り得ない、というような、或いは無茶を言うなとでも言いたげな表情で、彼がそう嘆く。


「そうだよ。彼女が初めて。失敗品って思ってたけど、違ったみたい。目覚め始めてる、ノアが、確かに」

「それ、は……どうして、そう思われるのですか? 神咲様さえ、彼女は処分対象だと……」

「うん。その点は、少し時期尚早な判断だったと言えるだろうね。現に処分対象の失敗品なら、生き残るはずがなかったんだ」


 フワリとパーカーの裾を揺らして、真尋がパソコン前の椅子に座って足を組む。そして椅子を回転させて、彼を正面から見据えた。


「彼女は警備職員室から武器を取った。でも、警備員は銃を肌身離さず持ち歩いているはずでしょ? それが規定だし、実際手ぶらで歩くにはあそこはたった十秒だって危険だから。あそこに置いてあるのは、……神の祝福を施した、対人間用の銃」

「……耐えきれなくなった時の自殺用、ということですか」


 「ご名答」そう言って、真尋がクスリと笑った。


「彼女は処分対象。でも、どうも失敗の確証が持てなかった。運がいい、そう言いきってしまうには奇跡が多すぎたんだだからああして観察した結果はこの通り! 本来あの銃じゃ悪魔は死なない。救世主の力が! 漸く!! 目覚めたんだ主は我らに方舟を与えた!!!! ふふっ、あっはははははははははははははははは!!!!」


 陶酔した様子で、真尋は両手を大きく広げて高笑いしてみせる。暫く後、祈るように手を組んだ彼は小さく、「救済の日は近いよ」と微笑んだ。


「でも、なら、その力を正しく使えるように、僕達は手助けしてあげないと。そうでしょ?」

「ええ、真尋様。その通りです」


 真尋が、優しく微笑んで彼の手を取った。


「大丈夫。僕達は、救われるよ」


 ──全て、神の、導くままに。


「ああ、そうだ。武器庫の鍵、見つかったよ」

「ああ……どうでした?」

「予想通りかな。裏切り者の処置は、今回は望月兄妹に任せてある。なにかあったら、手を貸してあげて」

「はい。それでは……神の御加護が、あらんことを」

​© 2025 ヰ嚢
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